子供の写真のデータ量が大変なことになってる。
運動会で駆け抜ける姿。寝顔。泣き顔。気がつけばスマホのカメラロールは数千人の息子で圧迫されまくっている…。とはいえ、親なら誰もが直面する「消せない」「選べない」ジレンマが、これまた手強い。子供の成長の記録であり、親の愛情の証でもありますからね。
ただ、よく考えると「撮って満足」「いつか見返すかも」「いつか使うかも」といいつつ、カメラロールがデータの墓場になってるような…。なので、親としてはきちんと必要な写真だけを、適切な形で残しておくことも考えないといけないなぁ、と最近思うわけです。


写真は”画像データ”になった。
私が子供の頃は、写真といえばアルバムでした。表紙は布地で、ページをめくると少し黄ばんだビニールがペリペリと音を立てる、ぶ分厚いアレ。昔は「データで残す」という習慣も技術もなかったので、写真とは常にプリントされたものを指してました。
もちろん、今の時代と比べれば不便です。でも、写真には手触りがあって、誰かとその写真を見返す時間があった。写真は単なる「記録」以上のものでした。
今はどうでしょう?スマホには何千枚のデータがあるけど……ほとんど見返さないです。撮ったら満足してしまう。けど、子供の写真は本当にそれでいいのかっていう問題。
今年の2月に息子のフォトブックを作りながらそんなことを思いました。。
写真を残す方法はいろいろ。

保存方法の選択肢が増えたからこそ、いま改めて「どう残すか」について考えてみようじゃないか、と。
1. クラウドサービス:誰かと共有するのに超便利
google フォトやAmazon Photosなどのクラウドサービスは写真を保存・共有することができます。
ママ友同士で写真を共有したり、おじいちゃん・おばあちゃんに孫の写真を送る、みたいなシチュエーションでは非常に便利。アルバム単位で保存(例えば「20XX年 運動会」とか)できるし、URLを発行してLINEとかで送ればすぐ共有できちゃう。
デメリットは、地味にお金がかかること。Googleフォトは200GBで月額440円。年間で5,280円。子供が成長するまで払い続けるとすればなかなかの金額ですね。将来的な値上げやサービス終了のリスクもあるし。なので、現時点ではクラウドだけに頼るのはちょっと怖いな、という印象。
2. 外付けHDD:とにかく大容量

空き容量の心配をせず、とにかく大量のデータを保管したいなら外付けHDD一択。カメラもスマホもどんどん高画素が進んでますよね。つまり、一枚あたりのデータがめちゃくちゃ重くなってきてます。数ギガの容量はあっという間に埋まってしまう時代なので、保存スペースもそれなりに確保しておかないといけません。
外付けHDDの価格は昔よりだいぶ安くなりましたね。最近では30TBで一万円なんていうものも登場してきました。それだけあれば実質的には容量の心配はいらなくなります。
面倒な点は、自分でフォルダ管理しないといけないので、整理という面ではちょっと手間が残ります。あとは、物理的なデバイスに保存する以上は、故障や劣化でデータが飛ぶっていうリスクが付きまとう点は心配ですね。ぶつけた、みたいな物理的な衝撃による故障リスクという点では、HDDよりSSDの方が安心感があります。ただ、SSDも安くなってきたとはいえ、HDDの比べるとまだ高いですけどね。
3. フォトブック:思い出を形にできる。いつでも見返せる。
お子さんがいるなら是非、一度はフォトブックを作ってみて欲しいです。データではなく、印刷して紙に残すことは家族にとって大きな価値があります。手触りのある紙に写真が並ぶことで、ストーリー性が生まれます。これはデバイス上で画像データを見るだけでは叶わない体験だな、とつくづく思います。

フォトブックにしておくと、写真を見返す機会が格段に増えます。クラウドや、外付けHDD、スマホのカメラロールは「データの物置部屋」になりがちで、「見返そう」と思ってても全然やらないんですよね…。本にしておくことで、ふとした時に子供と一緒に見返せて楽しいです。
ただ、作る手間は多少あります。特に写真のセレクト。この手間が楽しみでもあり、苦しみでもあるというか…。子供の写真となると全部残しておきたい気持ちになりますが、全ての写真を入れようとすると膨大なページ数になっちゃいますからね。
付け加えると、紙に印刷することで「確実に残せる」という点も大きなメリットです。クラウドはいつまでサービスが続くか分からない。HDDだって、10年後に現在のHDDを使えるのかも謎。2025年現在、普通の家ではビデオテープが再生できないように、10年後や20年後にHDDに保存した写真が見られるのかは誰にも分かりません。
最近はオンラインでフォトブックを簡単に作れますし、値段も1冊1,000〜2,000円程度。年に数冊作っても大きなコストにはなりません。


子供にとって大切なのは写真の枚数なのか。
子供の全ての表情・全ての瞬間がキラキラしてる。親にとって、消していい写真なんて一枚も無いわけで。ただ、子供本人からすれば、自分の写真が数千枚あろうが数万枚あろうが、割とどうでも良かったりしますよね。
結局、残す枚数の多さよりも大事なのは――その写真がどんな形で子供に届くか、なのかなと最近思うようになりました。
私たちが子供の頃、自分の写真が何枚あるか?アルバムが何冊あるか?なんてことを気にしてませんよね。なんとなく、親がせっせと写真撮ってたまにアルバム作ってくれてるなぁ、みたいな感覚。思い出を形に残してくれるのは嬉しいけど、別に数はどうでもよかったはず。
親という生き物は「いつか使うかも」と言って大量の画像データを残したがります。私も以前はそうでした。だけど、本当に使うんか?コレっていう。私自身の経験だと、自分の写真を使うタイミングなんて、結婚式くらいでした。
なんとなく「使うかも」という理由だけで大量のデータを残すなら、厳選した写真をフォトブックに残す方が、私の子供に対する愛情表現としてはしっくりきます。とはいえ、全ての写真をフォトブックにはできないので、外付けHDDも併用してます。
写真は一番簡単に残せる親子の記憶。


子供の写真を撮り続けるは、子供のためでもあり、自分のためでもああります。いや、どちらかというと、ほぼ自分のためかもしれません。フォトブックにまとめた息子の「当時」を読み返して、そこに私と彼の親子としての時間が確かにあったことを噛み締めながら涙するためだけに撮ってます。はい。
欲を言えば、彼が大人になった時に一緒に見返せるとなお良しです。
